東京高等裁判所 平成6年(行ケ)111号 判決
アメリカ合衆国マサチューセッツ州(02142)
ケンブリッジ アマーストストリート 49番
原告
リサーチ・インスティチュート・フォア・メディスン・アンド・ケミストリー・インコーポレイテッド
(以下「第1原告」という。)
同代表者
モーリス・エム・ペチェット
同訴訟代理人弁護士
宇井正一
同弁理士
福本積
大阪府大阪市中央区南本町1丁目6番7号
原告
帝人株式会社
(以下「第2原告」という。)
同代表者代表取締役
板垣宏
同訴訟代理人弁理士
前田純博
同
三原秀子
岡山県倉敷市酒津1621番地
被告
株式会社クラレ
同代表者代表取締役
松尾博人
同訴訟代理人弁護士
品川澄雄
同
井窪保彦
主文
特許庁が平成3年審判第4036号事件について平成6年4月21日にした審決を取り消す。
訴訟費用は被告の負担とする。
事実
第1 当事者の求めた裁判
1 原告ら
主文と同旨の判決
2 被告
「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決
第2 請求原因
1 特許庁における手続の経緯
(1) 第1原告は、名称を「1α-ヒドロキシビタミンD化合物の製造方法」とする特許第1175902号発明〔昭和49年1月9日出願(優先権主張 1973年1月10日、アメリカ合衆国)、昭和57年9月29日出願公告、昭和58年11月14日設定登録。以下「本件発明」といい、本件発明に係る特許を「本件特許」という。〕の特許権者である。
被告は、平成3年2月28日、第1原告を被請求人として、本件特許を無効とすることについての審判を請求し、平成3年審判第4036号事件として審理されることになった。
第2原告は、本件特許権につき専用実施権の設定を受けたものであるが、平成4年7月24日上記審判事件に参加申立てをし、平成5年3月4日参加が許可された。
特許庁は、平成6年4月21日、「特許第1175902号発明の特許を無効とする。」との審決をなし、その謄本は、同月27日第1原告に送達された。
(2) 第1原告は、平成6年5月12日、本件発明の明細書を訂正することについて審判を請求し、特許庁はこれを平成6年審判第8245号事件として審理した結果、平成8年7月18日、「特許第1175902号発明の明細書を本件審判請求書に添付された訂正明細書のとおり訂正することを認める。」との審決をなし、その謄本は、同月31日第1原告に送達された。
2 訂正審決前の本件発明の特許請求の範囲
別紙第1記載のとおりである。
3 訂正審決後の本件発明の特許請求の範囲
別紙第2記載のとおりである。
4 審決の理由
別添審決書写しのとおりであって、その要点は、本件発明の要旨につき上記2に記載のとおりのものと認定したうえ、その要旨中の「熱的異性化」につき、「熱エネルギーにより生起せしめられる異性化反応であると解される。」(審決書7頁18行、19行)、「例えば室温で反応を行う場合であっても、反応系を室温に保った状態での熱エネルギーが反応を進行させると考えられ、室温で反応を行う場合も、本件発明に含まれるものと解される。」(同8頁2行ないし6行)との判断を示し、「本件発明の熱的異性化には甲第2号証(注 特開昭48-62750号公報。本訴における甲第4号証)に記載されている室温での異性化反応を含むものであるから、本件発明は甲第2号証に記載された発明を含むことが明らかである。」(同8頁13行ないし16行)として、本件発明は、その特許出願の日前の特許出願であって、その特許出願後に出願公開されたものの願書に最初に添付した明細書に記載された発明と同一であるから、特許法29条の2の規定により特許を受けることができない、としたものである。
5 審決を取り消すべき事由
本件発明の特許請求の範囲は、上記1(2)の訂正を認容した審決の確定により、上記2から上記3のとおり訂正された。
しかるに審決は、上記2に記載されたところに基づいて本件発明の要旨を認定し、これを前提として、本件発明は上記先願明細書に記載された発明と同一であると判断し、本件特許を無効としたものであるから、違法として取り消されるべきである。
第3 請求原因に対する認否
請求原因事実はすべて認める。
第4 証拠
本件記録中の書証目録記載のとおりである。
理由
1 請求原因事実についてはすべて当事者間に争いがない。
上記事実によれば、本件発明の特許請求の範囲は、出願当初から、請求原因2記載のものから同3記載のとおり訂正されたものとみなされるところ(特許法128条)、審決は、同2記載の特許請求の範囲に基づいて本件発明の要旨を認定したものであるから、結果的に本件発明の要旨の認定を誤って、請求原因4掲記の先願明細書との対比、判断をした違法があるものというべきである。そして、上記違法が審決の結論に影響を及ぼすことは明らかである。
したがって、原告ら主張の取消事由は理由がある。
2 よって、原告らの本訴請求を正当として認容し、訴訟費用の負担について行政事件訴訟法7条、民事訴訟法89条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判長裁判官 伊藤博 裁判官 濵崎浩一 裁判官 市川正巳)
別紙第1
「式
〈省略〉
〔式中Rsは基
〈省略〉
(式中R6およびR7はそれぞれ水素原子を表わすかまたは一緒になって炭素-炭素二重結合を形成しておりそしてR9は水素原子またはメチル基を表わす)を表わす〕
の1α-ヒドロキシ-25-水素-プレビタミン
Dまたはそのアシレートの熱的異性化により式
〈省略〉
(式中R5は前記の意味を表わす)
のビタミンD化合物またはそのアシレートを生成させることを特徴とする、1α-ヒドロキシ-25-水素-ビタミンDまたはそのアシレートの製造方法」
別紙第2
「式
〈省略〉
〔式中Rsは基
〈省略〉
(式中R6およびR7はそれぞれ水素原子を表わすかまたは一緒になって炭素-炭素二重結合を形成しておりそしてR9は水素原子またはメチル基を表わす)を表わす〕
の1α-ヒドロキシ-25-水素-プレビタミン
Dまたはそのアシレートの熱的異性化(加熱によらない室温以下での異性化は除く)により式
〈省略〉
(式中R5は前記の意味を表わす)
のビタミンD化合物またはそのアシレートを生成させることを特徴とする、1α-ヒドロキシ-25-水素-ビタミンDまたはそのアシレートの製造方法」
平成3年審判第4036号
審決
岡山県倉敷市酒津1621番地
請求人 株式会社クラレ
岡山県倉敷市酒津2045の1 株式会社クラレ内
代理人弁理士 本多堅
アメリカ合衆国 マサチューセッツ州 (02142)ケンブリッジ、アマーストストリート 49番
被請求人 リサーチ・インスティチュート・フォア・メデイスン・アンド・ケミストリー・インコーポレイテッド
東京都港区虎ノ門一丁目8番10号静光虎ノ門ビル
代理人弁理士 青木朗
東京都港区虎ノ門一丁目8-10 静光虎ノ門ビル 青木内外特許事務所
代理人弁理士 宇井正一
東京都港区虎ノ門一丁目8-10 静光虎ノ門ビル 青木内外特許事務所
代理人弁理士 石田敬
東京都港区虎ノ門1丁目8番10号 静光虎ノ門ビル 青和特許法律事務所
代理人弁理士 戸田利雄
東京都港区虎ノ門1-8-10 静光虎ノ門ビル 青木内外特許事務所
代理人弁理士 西山雅也
理由
1.経緯、本件発明の要旨
本件特許第1175902号発明(以下、本件発明という)は、昭和49年1月9日(優先権主張1973年1月10日、アメリカ合衆国)に出願され、昭和57年9月29日に出願公告(特公昭57-45740号公報
以下、甲第1号証という)され、昭和58年5月18日に特許査定され、そして昭和58年11月14日に設定登録がなされたもので、本件発明の要旨は、その明細書の記載からみて、以下に述べる、その特許請求の範囲に記載されたとおりのものと認める。
「式
〈省略〉
〔式中R6は基
〈省略〉
(式中R6およびR7はそれぞれ水素原子を表わすかまたは一緒になつて炭素-炭素二重結合を形成しておりそしてR9は水素原子またはメチル基を表わす)を表わす〕
の1α-ヒドロキシ-25-水素-プレビタミンDまたはそのアシレートの熱的異性化により式
〈省略〉
(式中R5は前紀の意味を表わす)
のビタミンD化合物またはそのアシレートを生成させることを特徴とする、1α-ヒドロキシ-25-水素-ビタミンDまたはそのアシレートの製造方法。」
2.請求の理由、証拠方法
請求人は、請求の理由の一つとして、本件発明は、当該発明の特許出願の日前の他の特許出願であって本件発明の特許出願後に出願公開がされたものの願書に最初に添附した明細書に記載された発明と同一であり、その発明をした者が本件発明の発明者と同一でなく、また本件発明の特許出願の時にその出願人と当該他の特許出願の出願人が同一ではないから、特許法第29条の2の規定により特許を受けることができないものであり、特許法第123条第1項第1号の規定により無効にされるべきものであると主張する。
請求人が提出した、前記他の特許出願であって本件発明の特許出願後に出願公開された特開昭48-62750号公報(以下、甲第2号証という)には、1α、3β-ジアセトキシブレビタミンD3より1α、3β-ジアセトキシビタミンD3を製造すること、引続いて塩基性条件下に加水分解して1α-ヒドロキジコレヵルシフェロールを得ることができることが記載されている。
3.当審の判断
そこで、本件発明と甲2号証記載の1α-ヒドロキシコレカルシフェロールの製法を比較すると、両者は、1α、3β-ジアセトキシプレビタミンD3と1α、3β-ジアセトキシビタミンD3が平衡関係にあり、この平衡を利用をして1α、3β-ジアセトキシプレビタミンD3から1α、3β-ジアセトキシビタミンD3を製造すること、また目的生成物の1α-ヒドロキシ-25-水素ビタミンDはビタミンD型活性物質である点で同一であり、前者は平衡を利用した反応を熱的異性化と規定しているのに対して、後者は平衡を利用した反応を溶液中で室温および暗所において変換が完了するのに充分な時間放置すると規定している点で相違する。
次に、前記相違点を検討する。
本件発明で規定する熱的異性化はその意味するところが明確でないので、その内容を本件発明の明細書の記載に基づいて検討する。本件発明の明細書中に熱的異性化についての明確な定義は存在せず、反応としての熱的異性化の内容を記載した点は以下のとおりである。「この式Ⅳの化合物はまた式(Ⅵ)のビタミン誘導体と熱的平衡を保持しており、そしてこれは例えばアルコールまたは炭化水素溶媒中で熱的に異性化することによって本発明が目的とするビタミン誘導体に変換することができる。(明細書第19頁第12行目以降第20頁第5行目、甲第1号証(5)頁10欄第2行目以降第16行目)」、「(b)熱的異性化 前記の粗プレビタミンの全体を、脱酸素イソオクタン(10ml)に溶解させた。262nmの吸収は、30μl区分量を3mlに希釈した場合に0.39であった。この溶液を次いで約75°にアルゴン下に全部で2.25時間の間加熱したが、この間262~265nmの吸収は0.54の最大値に増加した(前記と同一濃度の溶液に対して)。(明細書第51頁第5行目以降第12行目甲第1号証(11)頁22欄第33行目以降第41行目)」、「このようにして得られた前記プレビタミンを75°で2時間脱酸素イソオクタン(15ml)中でアルゴン下に加熱して異性化した。(明細書第55頁第3行目以降第5行目、甲第1号征(12)頁24欄第14行目以降第16行目)」、「前記プレビタミン(λmax260nmおよびλmin232nm)の(11mg、2回の別々の照射より)を脱酸素したイソオクタン(8ml)に溶解させ、そして75°に1.5時間加熱した。(明細書第56頁第14行目以降第17行目、甲第1号証(12)頁24欄第44行目以降(13)頁25欄第13行目)」などがある。これらの記載からみると、「熱的異性化」は、原料である1α、3β-ジアセトキシプレビタミンD3を炭化水素などの溶媒に溶解させた状態において反応せしめるに際し、熱エネルギーにより生起せしめられる異性化反応であると解される。そして、熱エネルギーとして75°に加熱した状態で反応が進行することは本件発明の明細書の記載から明らかであるが、それ以外の温度の場合、例えば室温で反応を行う場合であっても、反応系を室温に保った状態での熱エネルギーが反応を進行させると考えられ、室温で反応を行う場合も、本件発明には含まれるものと解される。
一方、甲第2号証に記載されている反応は、1α、3β-ジアセトキシプレビタミンを室温で暗所に放置して自発的に1α、3β-ジアセトキシビタミンD3に異性化するものであるから、反応系を室温に保った状態での熱エネルギーにより反応が進められるものと考えられる。
そうすると、本件発明の熱的異性化には甲第2号証に記載されている室温での異性化反応を含むも であるから、本件発明は甲第2号証に記載された発明を含むことが明らかである。
4.むすび
したがって、本件発明は、当該発明の特許出願の日前の特許出願であって当該発明の特許出願後に出願公開されたものの願書に最初に添附した明細書に記載された発明と同一であり、その発明をした者が本件発明の発明者と同一でなく、また本件発明の特許出願の時にその出願人と当該他の特許出願の出願人とが同一ではないから、特許法第29条の2の規定により特許を受けることができないものであり、請求人が主張するその余の理由について検討するまでもなく、特許法第123条第1項第1号の規定により無効にすべきものと認める。
よって、結論のとおり審決する。
平成6年4月21日
審判長 特許庁審判官 (略)
特許庁審判官 (略)
特許庁審判官 (略)
請求人 被請求人 のため出訴期間とし90日を附加する。
東京都港区虎ノ門1-8-10 青和特許法律事務所
代理人弁理士 岩出昌利
神奈川県藤沢市城南4丁目9番1号 三楽オーシャン株式会社中央研究所
代理人弁理士 福本積
東京都港区虎ノ門1丁目8番10号 青和特許法律事務所
代理人弁理士 藤井幸喜
大阪府大阪市中央区南本町1丁目6番7号
参加人 帝人株式会社
東京都千代田区内幸町2-1-1 飯野ビル 帝人株式会社内
代理人弁理士 前田純博
上記当事者間の特許第1175902号発明「1α-ヒドロキシビタミンD化合物の製造方法」の特許無効審判事件について、次のとおり審決する.
結論
特許第1175902号発明の特許を無効とする.
審判費用は、被請求人の負担とする.